インドから帰国した夜、リビングの洗濯物の山を見て立ち尽くした

12年前、長期出張から帰った夜のこと
12年前、半年間のインド出張から帰ってきた、その夜のこと。
タクシーに揺られて、自宅のドアを開ける。
スーツケースを玄関に置いて、リビングに入る。
そこに、洗濯物の山があった。
家族が暮らしているのだから、当たり前といえば当たり前。
平日にためたシャツ、タオル、子どもの服。
明日にでも誰かが回すであろう、ごく日常的な光景。
でも、僕は数秒、立ち尽くした。
「あ、これが現実か」
そう思った。
半年間、忘れていたものを思い出した瞬間
インドにいた半年間、僕は洗濯物の山を見ることがなかった。
朝、袋に入れて部屋に置く。
夜、たたまれてベッドに並んでいる。
そのリズムが当たり前になっていた半年が、
帰国した一瞬で、リセットされたのを感じた。
明日から、また始まる。
- 洗濯機を回すタイミングを考える
- 干す場所を確保する
- 取り込んで、たたんで、しまう
- 家族で分担を相談する
それは、特別につらい作業じゃない。
日本に暮らしている人なら、誰もがやっていること。
でも、「やらない選択肢があること」を知ってしまった人間にとっては、
それは静かにのしかかる重みだった。
「普通」は、選んで「普通」にしている
帰国してから、ふと考えるようになった。
日本人にとって「洗濯は自分でやるもの」というのは、
あまりにも当たり前すぎて、誰も疑問に思わない。
でも、それは選択ではなく、選択肢の不在だった。
選んで「自分でやる」のと、
他に選択肢がなくて「自分でやる」のは、
似ているようで、ぜんぜん違う。
世界には、洗濯を家の外に出す選択肢が普通にある国がある。
12年前の僕は、たまたまその国に滞在しただけ。
「日本の常識」は、世界基準では「日本ローカル」でしかなかった。
12年間、忘れたわけじゃなかった
その夜の感覚は、はっきりと覚えている。
でも、それが日々の決意につながったかというと、正直そうではない。
帰国後の生活はいつのまにか「普通」に戻り、
洗濯物の山にも、また慣れていった。
ただ、家事に追われている誰かを見るたび、
ふと思い出すことがあった。
「あの時の、袋を置くだけの暮らし——
あれが日本にあったら、この人は今、何をしてるんだろう」
決意してから動き出したわけじゃない。
思い出すたびに、その問いが少しずつ大きくなっていった。
そして最近になって、ようやく本気で動き始めた。
クリーニング業界の構造を調べ、提携工場を探し、料金設計を組み直す。
12年前の感覚を、サービスの形に翻訳する作業を続けている。
「現実」は、変えていい
タクセンは、まだ立ち上げたばかりのサービスです。
完成された便利ツールでもなければ、すべてを解決する魔法でもない。
ただ、ひとつだけ伝えたいことがあります。
リビングに置かれた洗濯物の山を見て、
「これが現実か」とため息をついたことがある人へ。
その現実は、変えていいものです。
12年前、僕は遠い国で、その可能性に出会いました。
今、それを日本の暮らしに届けるために、ひとつずつ進めています。
タクセンの旅は、まだ始まったばかりです。
